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神戸地方裁判所 昭和47年(行ウ)5号 判決 1974年4月25日

原告 岸田やちよ 外三名

被告 神戸税務署長

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

一  被告が原告岸田やちよに対して、昭和四五年七月九日付でなした昭和四四年分所得税の総所得金額を五七三万〇、四七二円とする更正処分のうち総所得金額七一万三、五六二円を超える部分及び同日付でなした過少申告加算税八万五、四〇〇円の賦課決定処分をいずれも取消す。

二  被告が原告岸田勲、同岸田みちの及び同岸田徳雄に対して、いずれも同日付でなした昭和四四年分所得税の総所得金額を三六六万九、〇九六円とする更正処分のうち総所得金額四二万四、四八九円を超える部分、及びいずれも同日付でなした過少申告加算税四万四、三〇〇円の賦課決定処分をいずれも取消す。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

(原告らの請求原因)

原告やちよは被告に対し、昭和四四年分所得税について七一万三、五六二円を総所得金額として確定申告したところ、被告はこれに対し昭和四五年七月九日付で総所得金額を五七三万〇、四七二円とする更正処分及び過少申告加算税八万五、四〇〇円の賦課決定処分をなした。

また、原告勲、同みちの及び同徳雄は被告に対し、昭和四四年分所得税についてそれぞれ四二万四、四八九円を総所得金額として確定申告したところ、被告はこれに対し同日付でそれぞれ総所得金額を三六六万九、〇九六円とする更正処分及び過少申告加算税四万四、三〇〇円の賦課決定処分をなした。

そこで、原告らは、右各処分を不服として昭和四五年九月二日被告に対して異議申立てをしたが、被告は同年一一月三〇日右異議申立てをいずれも棄却したので、原告らはさらに同年一二月二八日国税不服審判所長に対して審査請求をしたところ、昭和四六年一一月四日付で右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決がなされ、同月一八日裁決書謄本の送達を受けた。

しかしながら、被告の原告らに対する右各更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分はいずれも違法であるから、その取消しを求める。

(請求原因に対する被告の認否)

すべて認める。

(被告の抗弁)

一  原告らは、神戸市生田区三宮町一丁目一七番七宅地一五一・二三平方メートルの借地権及び同地上の木造瓦葺三階建三一〇・一三平方メートルの建物を各共有(その持分は原告やちよにおいて三分の一、原告勲、同みちの及び同徳雄においてそれぞれ九分の二宛)していたが、都市再開発法附則三条の規定により廃止される前の公共施設の整備に関連する市街地の改造に関する法律(以下、市街地改造法という。)によつて、右所在地区に市街地改造事業が施行され、昭和四三年八月五日右事業の施行者である神戸市にそれぞれ右借地権及び建物の各共有持分を譲渡した。

そして、原告らは、右譲渡により神戸市から払渡しを受けるべき対償の三、一八三万六、七一一円と原告らの支出にかかる一、六一九万七、二八九円の合計額四、八〇三万四、〇〇〇円をもつて市街地改造法の規定する別紙目録記載A及びBの建築施設の部分の給付を受ける権利(以下、建築施設譲受権という。)を神戸市から取得した(原告らの醵出金額の割合及び右建築施設譲受権の共有持分は、いずれも右借地権及び建物の持分に同じ。)。その後、原告らは、昭和四四年一一月に右Bの建築施設譲受権を吉田隆文に、三、〇〇〇万円で譲渡した(原告ら各自の所得金額はそれぞれ右共有持分に比例した金額である。)。

二  原告らの右建築施設譲受権の譲渡による昭和四四年分譲渡所得は次表のようになる。

(一) 原告やちよ分

計算項目

金額

本件譲渡資産の

収入金額

<1>

一、〇〇〇万円

必要経費

<2>

四六八万三、〇九〇円

譲渡益

<3>

<1>-<2> 五三一万六、九一〇円

特別控除額

<4>

三〇万円

譲渡所得の金額

<5>

<3>-<4> 五〇一万六、九一〇円

(二) 原告勲、同みちの及び同徳雄の各人分

計算項目

金額

本件譲渡資産の

収入金額

<1>

六六六万六、六六六円

必要経費

<2>

三一二万二、〇六〇円

譲渡益

<3>

<1>-<2> 三五四万五、六〇六円

特別控除額

<4>

三〇万円

譲渡所得の金額

<5>

<3>-<4> 三二四万四、六〇六円

右の譲渡所得金額を加えると、原告らの昭和四四年分の総所得金額、所得税額は次表のようになり、被告は、これに基き本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行なつたもので、これらの処分には何ら違法の点はない。

(一) 原告やちよ分

計算項目

金額

雑所得の金額

七一万三、五六二円

譲渡所得の金額

五〇一万六、九一〇円

総所得金額(イ+ロ)

五七三万〇、四七二円

所得控除の金額

二一万七、九六〇円

課税所得金額(ハ-ニ)

五五一万二、〇〇〇・(千円未満切捨)

所得税額

一七六万五、〇〇〇円

過少申告加算税額

八万五、四〇〇円

(二) 原告勲、同みちの及び同徳雄の各人分

計算項目

金額

雑所得の金額

四二万四、四八九円

譲渡所得の金額

三二四万四、六〇七円

総所得金額(イ+ロ)

三六六万九、〇九六円

所得控除の金額

一六万七、五〇〇円

課税所得金額(ハ-ニ)

三五〇万一、〇〇〇円(千円末満切捨)

所得税額

九一万二、三〇〇円

過少申告加算税額

四万四、三〇〇円

(抗弁に対する原告らの認否)

一  第一項は認める。

二  第二項のうち、原告らの本件譲渡資産の収入金額及び必要経費、雑所得金額、所得控除金額がそれぞれ被告主張のとおりであり、被告主張の根拠により各課税額を計算すると、被告主張のとおりとなることは、認める。

(原告らの再抗弁)

一  原告らは、昭和四四年分所得税申告当時、昭和四五年七月三一日原告らの居住の用に供する土地、建物を四、五〇〇万円で取得をし、かつ、取得の日から一年以内に居住の用に供する見込であつた(原告らの共有持分は右借地権及び建物の持分に同じ。)。

二  そこで、原告らは、昭和四四年分譲渡所得について、租税特別措置法附則(昭和四四年法律第一五号)第八条第一項の規定により、同項第一号の規定を選択した。すなわち、原告らは居住用財産の買換えの特例規定(右昭和四四年法律第一五号による改正前の租税特別措置法(以下、旧法という)第三五条第二項による同条第一項の準用規定)の適用を受けるため、被告に取得価額の見積額の承認申請書を提出するとともに、昭和四四年分所得税確定申告書に旧法第三五条第三項に規定するこれらの規定の適用を受けようとする旨の記載をしたうえ、右の特例規定の適用の結果次のとおり譲渡資産の譲渡がなかつたものとして譲渡所得は零となるので、他の所得についてのみ確定申告をしたものである。

(一) 原告やちよ分

計算項目

金額

譲渡資産の

収入金額

必要経費

<1>

<2>

一、〇〇〇万円

四六八万三、〇〇〇円

旧法第三五条、第三八条の六の

買換財産の取得価額の見積額

<3>

一、五〇〇万円

特例計算

譲渡があつたとされる収入金額

<4>

<1>-<3> 〇円

譲渡所得の金額

<5>

<4>-(<2>×<4>/<1>) 〇円

(二) 原告勲、同みちの及び同徳雄の各人分

計算項目

金額

譲渡資産の

収入金額

必要経費

<1>

<2>

六六六万六、六六六円

三一二万二、〇〇〇円

旧法第三五条、第三八条の六の

買換資産の取得価額の見積額

<3>

一、〇〇〇万円

特例計算

譲渡があつたとされる収入金額

<4>

<1>-<3> 〇円

譲渡所得の金額

<5>

<4>-(<2>×<4>/<1>) 〇円

三  ところが、被告は、右建築施設譲受権の譲渡は、旧法第三五条に規定する「土地若しくは土地の上に存する権利又は家屋」の譲渡に該当しないとして、原告らの右承認申請を認めず、前記更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をなしたものである。

四  しかし、被告のなした右処分は旧法第三五条の解釈を誤つたものであつて、その詳細は次のとおりである。

(一) 原告らが吉田に譲渡した右建築施設譲受権は旧法第三五条に規定する家屋に該当する。

すなわち、市街地改造法第四〇条、第四一条によると、建築施設の部分の譲受け予定者等は工事完了公告の翌日において、建築施設の部分を取得すると定められてはいるが、右取得の対価は既に旧権利の施行者への譲渡に際して施行者である神戸市に支払われているのであるから、建築施設の部分の給付を受ける権利とはいつても、実質的には請負代金全額を先払した注文者と同様の地位にあることは明らかである。そうだとすれば、建築中の建物が請負代金支払の場合にあつては、進行の程度に応じ注文者に帰属するのが当然とされるように、施設建築物についても建設の当初より実質的には原告の予定個所に対する所有権があるといつても妨げなく、同法第四一条の規定は所有権保存登記をなし得る時期を画一的に定めた規定と理解すべきである。

しかも、右譲渡当時右施設建築物は殆ど完成し、当初は昭和四四年一一月中に完成公告がなされる予定であつたが、施行者側の事情によりこれが遅延したのであるから、譲受けるべき建築施設の部分の実質的所有権は原告に帰属していたと解すべきであり、従つて、右建築施設譲受権は旧法第三五条に規定する家屋に該当するものというべきである。

また、課税実務上の扱いも、旧法第三五条に規定する特例の主眼は再購入資産が居住用のものであることにあるので、この点については厳格に解されているが、譲渡した不動産については極めて柔軟に運用されているのが実情である。

(二) 原告らは、原告ら共有の前記借地権及び建物の対償三、一八三万六、七一一円の譲渡所得について、昭和四三年分の所得税確定申告に際し、旧法第三三条の二に規定するいわゆる一、二〇〇万円の特別控除の特例を選択した。被告は、旧法第三五条に規定する買換えの特例が認められるのは右譲渡所得について旧法第三二条第一項の特例を選択した場合のみであるように主張するが、旧法第三二条第五項は同法第三五条の買換えの規定と直接のつながりはなく、たまたま第三二条第五項で譲渡時期が決定され、その結果買換えの特例を受けることが可能となつたにすぎず、それ以外の場合を排除する意味ではない。

(再抗弁に対する被告の認否)

一  第二、第三項は認める。

二  第四項のうち(一)の当該施設建築物が昭和四四年一一月に殆ど完成したことは知らない。また、当該施設建築物が昭和四四年一一月に完成予定であつたことは認める。(二)の原告らが原告ら共有の前記借地権及び建物の対償の譲渡所得について、昭和四三年分の所得税確定申告に際し、旧法第三三条の二に規定する特例を選択したことは認める。

三  原告らが吉田に譲渡した右建築施設譲受権は建築施設の部分そのものではないのであるから、旧法第三五条第一項に規定する「土地等又は家屋」に該当せず、「居住用財産の買換えの場合の課税の特例」の規定の適用はない。もつとも、建築施設譲受権であつても、旧法第三二条第五項前段に該当するときは、例外的に右特例の規定の適用はあるが、本件において原告らは前記借地権及び建物の神戸市による買収に伴う旧法の特例について、同法第三三条の二に規定する「特定公共事業の用地の買収等の場合の課税の特例」を選択し、同法第三二条第一項に規定する「換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例」の規定の適用を受けていないので、同条第五項前段の規定の適用はない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因事実、抗弁第一項の事実及び再抗弁第二、第三項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの譲渡した建築施設譲受権が旧法第三五条の規定する譲渡資産に該当するか否かにつき判断するに、同条は取得資産及び譲渡資産として、いずれも「土地若しくは土地の上に存する権利又は家屋」をあげているが、同条が住宅建設を促進する見地から取得価額の引継ぎの方法による譲渡所得の繰延べを認める趣旨でもうけられ、右「土地の上に存する権利」とは土地そのものを利用することを目的とする権利をいうものであり、また、右規定が右のような政策目的を達成するための税制上の特別の優遇措置であるから、税負担の公平の見地からその要件は限定的に解すべきものといわなければならない。

ところで、右建築施設譲受権は、市街地改造法によつて認められた建築施設(施設建築物及び施設建築敷地)の部分の給付を受ける権利であつて、その譲渡又はそれを目的とする質権の設定は、民法第四六七条の規定に従い、施行者に通知しなければ施行者その他の第三者に対抗することができず、建築施設の部分の譲受け予定者は、施行者によつて建築施設整備事業に関する工事が完了しその旨公告された日の翌日において、管理処分計画において定めた建築施設の部分を取得するものとされている。従つて、建築施設譲受権は、具体的な使用収益権限を伴わない建築施設の部分の給付を受ける債権にすぎないものというべきであるから、同条の規定する譲渡資産には該当しないものといわざるを得ない。

原告らは、本件においては、建築施設部分の対価は既に施行者である神戸市に支払われ、当初は昭和四四年一一月中に完成公告がされる予定であり、譲渡当時施設建築物は殆ど完成していたにもかかわらず、施行者側の事情により完成公告が遅延したのであるから、同条を適用すべきであると主張するが、建築施設は工事完了の公告の日までは施行者に帰属し、建築施設の部分の譲受け予定者は右建築施設譲受権を有するにすぎないのであるから、仮りに右の諸事実が認められるとしても、同条に該当するものとはいえない。

また、原告らが、原告ら共有の借地権及び建物の対償三、一八三万六、七一一円の譲渡所得について、昭和四三年分の所得税確定申告に際し、旧法第三三条の二に規定するいわゆる一、二〇〇万円の特別控除の特例を選択したことは当事者間に争いがないのであるから、原告らが右建築施設譲受権の譲渡について同法第三二条第五項の適用を受ける余地はなく、従つて、いずれにしても原告らが右権利の譲渡について、同法第三五条の定める特例の適用を受けることはないものといわざるを得ない。

よつて、その余の要件について判断するまでもなく、原告の再抗弁は理由がない。

三  原告らの本件譲渡資産の収入金額及び必要経費、雑所得金額、所得控除金額がそれぞれ抗弁第二項のとおりであり、右により各課税額を計算すると同項のとおりとなることは、当事者間に争いがない。

以上によれば、被告のなした本件更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分には、違法はなく、適法というべきである。

四  よつて、原告らの被告に対する本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 下郡山信夫 河合治夫 牧弘二)

(別紙)

目録

A 神戸市生田区三宮町一丁目一七番Cブロツク三棟一階一三七番号

建築施設の部分の給付を受ける権利

価額 金三、三九八万五、〇〇〇円

B 右同所 一五〇番号

建築施設の部分の給付を受ける権利

価額 金一、四〇四万九、〇〇〇円

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